次の観光都市アグラまでは、列車での移動。ベナレスには駅が三つあり、うち二つはホテルからも近い位置にあるが、今回利用するムガル・サラーイ駅は郊外。先日降った雨の影響で道路の状態が悪いと聞き、午前二時にホテルを出発することになった。駅までは30km、発車は午前七時頃の予定。
しかし、道中は全くもってスムーズ。一時間半で駅に着いてしまった。空き地に停車し、とりあえず一眠り――も出来ず、数十分もしないうちに飽きて駅舎へ行ってみた。トイレは水洗で概ね快適だったが、待合室は入口付近から凄くて、中に入ると壁際からベンチまで更に人がびっしり。衣服の色や材質のせいで、小さく丸まって眠る姿はズタ袋のようにも見える。間違って踏み付けそうで怖い。狭くても車内に居る方がマシ。
発車時刻の30分前にホームに移動すると、列車は既に到着していた。遠くカルカッタ(現コルカタ)が始発なのに、ベナレスにて定刻通り走っているのは運が良いと、シンさんはとても満足気。
私達が乗ったのはエアコン付き一等寝台車。昼間は上段の寝台を使えないため、下段の座席に二人で座ることになるが、大人が三人で座ってもかなり余裕があった。向かい合わせの家族連れも大人三人で座っていたし、相席する男性には悪いが、途中まで私も友人と二人で腰掛けて過ごした。
それにしても困ったことに、三人家族は身動ぎもせず、常に正面を向いている。街歩きの際にも感じていたが、視線を逸らすということをしない。おまけに、彼等はお喋りも全くしない。列車の窓は強い日差しを遮るように濃い茶色のガラスで、薄暗くて本を読めない。深く腰掛ければ風景が見えなくなるしで、こんな状態で十時間以上なんて気が遠くなる。
アグラ到着予想時刻の午後四時前、二等車に乗っていたシンさんが「もうすぐ着くから、ドアの前に行ってて」と言いに来て、他メンバーに伝えるため別の車両に消えた。
私達は乗降口付近に移動し、20分後に停車した駅でホームに降り立った。が、シンさん達の姿は見えない。ホームを歩く人も妙に少ない。不安が過ぎったところで、遠くから「まだここじゃないから早く乗って!」と必死に叫ぶシンさんの声。慌てて再び乗り込んだ。
列車が動き出し、暫くしてから人を掻き分けシンさんが飛んで来た。そして開口一番、「あなたたち、あそこで降りてたら、インドで途方に暮れるところでしたよ! 一体どうするつもりだったんですかっ!!」
そりゃ私達だってそう思ったさ! でも、
- 切符はシンさんが握ったままだし(後の状況を想像すれば、これが一番恐ろしい)
- 到着時刻を訊ねてもスルー(狂うのが当たり前なので、答えようが無い)
- インドの列車にはアナウンスもないし(あるのは日本くらい)
- 各駅の表示も少なくて分かり難いし(読解不能な現地語だけの場合も多々)
- そもそもシンさん本人が次の駅がアグラだというニュアンスで話してたのにー!
と反論したかったが、私達は「連れて行って貰っている」という弱い立場。シンさんがわなわな震えていたこともあり何も言えずにいると、「とにかく良かったです。僕も(言い残したきり)居なくなったのが悪かったのだし。降りる時は必ず言いに来ますから」と急にトーンダウン。
まあ、実のところは彼も自らの勘違いに気付いたからこそ、ホームをわざわざ確認したわけで。しかし、肝が冷えた。凍りついたよ、本当に。
一日掛かりの長旅にも疲れたし、もう散々。