東日本予選まであと三日。千早がイメージするのは、吉野会大会で見た新。
水みたい 流れてるみたい あの印象を 身体に降ろすには
駒野が千早の陣から取ったが、千早が妙に静かだ。
いつもの綾瀬なら…… 取られたら上とか横に首が振れるのに 目から札が離れない
二戦目の相手は西田。千早はかるたを混ぜながら考える。
私 かるたが好きだ 新をもう一度 連れてきてくれた
太一は千早を見ていた。
夏の全国大会からずっと どこか焦ってるような練習だったのに 新に会ったから?
そんなことを考え、若干苛々。
変わるよ おれだって
読手は太一の番。千早以外の皆が気付いて青ざめる。太一は札を見ず、百首をランダムに被らず、完璧に暗唱していた。暗記の訓練に良いらしい。しかし、西田が指摘。
「…… わかったぞ それ 長所で短所だ おまえの頭の中 文字ばっかなんだ! 読まれた札の把握ももちろん大事だけど 動いていく競技線の中の札を もっとちゃんと感じないとダメだ 目で絵として! おまえ 恥ずかしがって素振り全然しねーだろ 札と自分との距離感とか叩き込めよ かるたは頭と身体両方いるんだよ!」
太一は素振りをしていないという自覚があった。
”速く速くと思うのに 腕につながらない” 頭と身体――…
早速素振り談義を始めた二人に、千早も嬉しそう。そして、千早のテストの結果は赤点なし。宮内先生からもクイーン戦予選を応援される。まずは駒野に握手を求めて感謝。
私 かるたが好きだ 好きだ
仲間達が髪をわしゃわしゃして労ってくれる。
好きだ
十月。名人位・クイーン位挑戦者決定東日本予選大会。音が大事でエアコンがなく熱いので袴は着用せず、瑞沢Tシャツを着用しての参戦。周囲が賑やかな中、一人窓の外を見る千早に、太一は願う。
千早が集中している いい感じだ このまま このまま一回戦に――…
と思ったら、須藤が邪魔しに来た。高校選手権で優勝か準優勝、もしくはクイーンになったら、有名私大に推薦で行けると言う。須藤は千早の頭を煩悩でいっぱいにした挙句、二人で早く敗退した方が坊主になるという賭けを持ち掛けて来た。
せっかくいいテンションできてたのに…… また余計な気負いを……
千早の一回戦の相手は小6のスピードスター、若宮と同じ四年生でA級になった立川梨理華。
memo
部活練習風景。太一の「速く速くと思うのに腕につながらない」は、全国大会B級決勝戦の第5巻第28首より。また、この時点では気付かなかったが、一般大会なのに瑞沢Tシャツを着ているのには意味があった。答えは二年後の大会。登場する札は「ゆうされば」「わびぬれば」、太一暗唱で「たちわかれ」「やまがわに」「ゆうされば」「ほととぎす」。