千早の涙は止まらない。太一のTシャツで拭いて貰う。
やった やった 太一 おめでとう 太一がA級 つまり…… 敵(ライバル)!!
太一としては、自分のことで泣いてくれているのは嬉しいが、こうしてもいられない。千早の手首を掴み、太一はA級会場へ急ぐ。千早がA級会場の前で立ち止まる。
どうして あんなに見たかったのに どうして 怖い
躊躇している千早を、居合わせた桜沢先生が誘導する。
「『これ』と決めた道で 知らないほうがいいことなんて 一つもないわよ」
会場に入った千早は、水の中に居るような感覚を味わう。溺れそうな程苦しい。
5枚対11枚で、若宮の劣勢。新の渡り手が効く配置で、決まり字より先に全部払って手がつけられない。若宮は慌てず、いつもの正確な取り。しかし、出札が悪く、試合の流れは新。若宮は、捨てる札と狙う札を分けていた。札を見詰める。
差別した そっぽ向かれたんや みんなに
若宮が音を立て、何枚も札を払い連取。千早はいつもと違う取り様に驚く。速さ自体は若宮が上だし、技術自慢は後半に弱いと言われるが、新が本当に凄いのは技術ではない――と、新と対戦した者達は実感している。
新が迫力をつけて取った札が、千早の眼前に飛んで来たのを間一髪、太一が手で遮った。千早は茫然と前を見据えたまま。観衆が騒然とする。
音への反応はクイーンのほうが速かった 反応も手の速度も充分速い 速いのに追い越した 超加速
西田は考える。
でもおれは 綿谷新の超加速より 武器の多さより あいつのリラックスが怖い
千早は大江の言葉を思い返す。
たとえるなら 高速回転するまっすぐな軸の独楽 止まっているように見えながら どこにも偏りなく力が集中している なにが触れても弾き返される安定した世界 千速振る
memo
B級の決勝が終わり、まだ続いているA級会場へ移動する千早と太一。大泣き千早に困りつつ嬉しそうな太一が可愛い。しかし、千早に関する勝負なら、新はかるたで「ちはやぶる」を体現して斬り込むぜ! とでも言いたげな運び。かなちゃんの「千早振る」の説明は第11巻第63首。ただ、今回当てた漢字は数種の説のうちの「千速振る」。
他に登場したのはかなちゃんが菫に詠んだ「かくとだに」、試合で読まれたのは「あきのたの」「いまはただ」、新が超加速でぶっ飛ばした「あきかぜに」。