西日本予選決勝で、新は村尾と対戦することになった。東日本予選の決勝は原田対須藤で、太一の名前はない。ホッとする。が、心に影が差した。
なんでさっきホッとしたんやろ? 太一が負けて なんで……
暗記時間を利用してトイレに行き、戻って試合開始。
いつもどおりの かるたをするんや いつもの あの部屋
新の脳裏に過ぎたのは「小学生の太一と千早が対戦、新は読手」という光景。正面の村尾はいつも通りなのに、次の想像も「高校生の太一と千早の対戦、新は読手」。場所は同じボロアパート。
なんで そこにいるんや? 邪魔や 太一
新はまた札を取られる。
太一はずるいところがあって 特別 千早みたいな才能もなくって おれは見下してたんかな かるたで 太一を 友達を
小学生の時に一緒に戦った源平戦。それぞれの姿がブラックアウトする。新の目の前に並んだ札が、黒く染まる。
村尾は暫く様子を見ていたが、新の表情が新祖父葬儀の時と重なる。お待ち下さい、と声を掛け、新の頬をぺしんと一叩き。
「せっかくの山城さんの読みやし 戻ってこい 新」
新の目には黒く染まっていた札が、普通に見えるようになる。しかし、部屋に響き渡る程の、腹の鳴る音。顔面蒼白になり、トイレに走る新。不在中でも無常に読まれ続ける札。
ありえーーーん!! 試合中にトイレとか 何枚読まれるんやろ? 早くせな早くせな ホンマもう絶対食わん!! 由宇の料理 二度と食わんわ 由宇のバカ バカ
由宇の母作という照れ隠し。かるた部に入ってもいいよ、と言ってくれたのに「ちっぽけなごほうび」と断った。
えらそうに 由宇 ごめん おれなんか たいした人間じゃない
トイレから戻ると、11枚差。空札は何枚、何が出たかは分からない。
ここから勝つイメージなんて 描けたことないわ でも なんやろう なんやろう 手放したらあかん 恥ずかしくても たいしたことない自分でも 逃げたらあかん
memo
西日本予選は、新と村尾の決勝戦。新は第20巻第104首の吉野会大会中にも想像した、小学生の「太一と千早の対戦、新は読手」、高校生になっても「太一と千早の対戦、新は読手」という図のことを引き摺っている。試合で読まれたのは「さびしさに」「ももしきや」「このたびは」「あさぼらけ・あ」「みせばやな」、トイレに立った後に「たちわかれ」。ゲリP新はコミカルだけれど哀れ……