千早が若宮に敗戦したのを、新は確認してふと目を閉じる。その後6枚差で勝つが、村尾にはやっとの勝利に見えた。
A級準決勝は、新と西田、若宮と理音という組み合わせ。西田は団体戦後、千早に新との試合の感想を訊いていた。
試合 よく覚えてない もったいなかったーー! でも 私…… 太一の姿が見えるまで 自分が新と試合してるって思えてなかったかもしれない もったいなかった 変でしょ みんなのことだけ よく見えてた
西田は初っ端から連取される。
どうやって相手が綿谷新だってこと 忘れるんだ!? いつもどおり リラックスしまくりの綿谷じゃねえか いつもどおり……
西田は小4から小6まで毎回優勝候補の新を見て来た。周りは「いつもどおりやれば彼は勝つ」と言っていた。
でも負けたろ? "いつもどおり"じゃない綾瀬に負けたろ?
新の眼鏡が吹っ飛ぶ程、身体を張って取りに行った。眼鏡を直す新に西田が謝るが、新は相手も見ずに「大丈夫」と答えるだけ。
いつも負けてた でもおれは おれは おまえが強いってことを見せるための 道具じゃねえんだよ おれの物語の主役はおれだ 強くなろうとがんばってきた でも 綿谷新に勝つための毎日だったか?
二つの対戦はいずれも9枚差で、新と若宮が勝利。西田は部屋を後にし、外の花壇に腰掛ける。追って来た千早に話した。
「綾瀬さあ… 1年のときからずっと 若宮と戦うことばっか考えて練習してたよな たぶん綿谷も ガキのころから名人になるための毎日でさあ… それが"いつもどおり"でさあ…… かなうわけねえんだよ ダメなんだよなあ…… 目の前にしたときだけ あいつに勝ちたいなんて」
西田は顔を覆って涙を流し始めた。
「おれの毎日 なんだったんだろなあ 3年間 なんだったんだろうなあ」
千早は西田の隣に座り、肩を組んで腕に縋り付き、やはり涙しながら語り掛ける。
「肉まんくんの毎日は 瑞沢を強くしてくれる毎日だった 肉まんくんが… 全部教えてくれた 基礎も理論も根性も きっと下の子たちに残るのは 肉まんくんの言ったことだよ」
二人を見守っていた田丸の脳裏に、西田から受けた指導や励ましの数々が蘇る。田丸は思いを受け取るように、握り締めた拳を突き出す。それを見て、再び涙を流す西田なのであった。
memo
個人戦A級準決勝、新と戦うもまた破れてしまった肉まんくん。それでも高校最後の試合をベスト4という好成績で終われて良かった。千早が掛けた言葉からは感謝が伝わって来るね。試合で読まれた札は「きりぎりす」「あけぬれば」「たごのうらに」「めぐりあいて」「なにわえの」「みかきもり」「さびしさに」などで、眼鏡が吹っ飛んだ時の札は「ひさかたの」らしい。