千早は札の配置を見て考えていた。
まただ …… いつから? 並べる札に 「ちは」が来なくなった ない
厳しく畳に目を落とし、鋭く札を取る。仲間それぞれに声を掛け、試合展開も把握している様子。新は前日に千早と会った時の言葉と表情を思い出し、合点が行った。
”瑞沢は 勝ちに行くよ” ああそうや 最初から感じてた 千早はきっと この全国大会で きっと一度も「千早」にならんかったんや
目の前にいるのは「瑞沢の主将」。際どく、新が取った。
千早のかるたのいいところは…… 反応のよさ やっぱり”感じ”がいい そして当然 白波会らしい攻めがるた 白波会らしい攻めがるたのせいで 敵陣を抜けないことが たぶん大きなストレス
新はいつも通り、あのアパートの光景を想像した。アパートの部屋で、高校生になった新が、札にのめりこむように見入る千早に目を向けている。
よろしく 千早
田丸はB級の滉を相手に苦戦。少しの差で取り負けている。
勝負なのに勝負弱いって最悪じゃん 自分で出たいって言っといて 勝ちたい すごいって 私を出してよかったって言われたい 勝ちたい 結果を出すには どうしたら
札を飛ばして席を立ち、北央側にいる太田の札と取り違えた。太田は田丸が試合に出たいと直訴していたのを見ていた。太田自身も何故か分からないが、「粘れよ」と声を掛けていた。
田丸は席に戻り、息を思い切り吐いてみた。ふと相手の視線が、自陣の札ばかり見ているのに気付いた。自身の良いところは、コンパクトな取り、短距離砲。
粘れ ひとつでも 武器はこれ
桜沢先生は生徒達を見守っている。
子供たちを教えていても 自分を振り返っても思う 根気強く粘り やり続ける以外に 自分を変える道はない 人を 変える道はない――
部屋の扉が開いた。太一母、花野、宮内先生、競技中の大江、駒野、西田、田丸までもが気付き、驚いて見る。部屋に入って来たのは、太一だった。
memo
千早が新と全く視線を合わせない、目を向けていない。吉野会大会の太一戦とは大違いな千早の態度に批判レビューが多いようだが、初期から予定している描写に過ぎない。第3巻第12首で太一が、第17巻第93首では千早自身が二人の試合を想像している場面があり、いずれも千早が新を見ようとしていないのだ。
千早の指先でフォーカスされている札は 「いまはただ」で、思いを断ち切ることを相手に伝えたい、という意味。ただ、その時に取ったのは別の札で、隣に並んでいる「うらみわび」かと思われる。こちらは、不本意な恋の行方を嘆く歌。読まれた札は「ひとはいさ」、その次がフォーカスされていた「いまはただ」、以下「あさぼらけ・う」「あらしふく」と続く。
言われてみれば、最近「ちは」は畳に並んでいなかったね。太一と新が対戦した高松宮杯以降は描かれていない。千早の試合だと、第19巻第100首の吉野会大会猪熊戦が最後か。その後の東日本予選で太一が既に取れなくなっているが、千早も吉野会大会の決勝がターニングポイントだったのだろうか。第20巻第108首には、千早の「吉野会大会のとき太一の心はいちばん近くにあった」と独白がある。
太一登場時、接点が無い筈の田丸も何故か皆と一緒に驚いたような顔で見ている。第27巻第142首で原ピーが「噂のイケメンの先輩」と言っているし、田丸も顔ぐらいはチェック済みだった?