3位決定戦、瑞沢対藤岡東。花野と大江は強く思う。どうして彼がここにいないのか。
真島部長だけなのに きっと この対戦の 本当の意味がわかるのは 真島部長だけなのに
周防と若宮は拗ねている。平仮名の置かれた場所の暗記と場所を示す反応速度が、平均的大学生を大きく下回る結果が出てしまったのだ。しかし、かるたの配列のように文字を逆向きに置くと、格段に反応速度が速くなる。
札を図形で見ているというのは、太一も同じだ。周防は更に、読手の声で「色」が見えると言う。若宮は親指と人差し指を軽く開き、また別の表現をする。
「うちは 札はみんな こんくらいの小さな神様みたいに見えてます」
札を見る若宮の優しげな表情に、周防も太一も心を動かされる。若宮は涙を零す。
「この子たちと この札たちと 離れずに生きて行くのが 私の夢です」
収録後、若宮が一旦畳に並べてから纏め、箱の中にしまう。太一は一連の作業を見詰める。
数えてるんじゃない 一部の札しか使わなかったからよけいに 挨拶 百枚に ここまで札を愛しいと思ったことがあるか?
太一は帰路に就くため、背を向ける。
”努力の人” 近付けるような気がしたって 結局見るのは絶望だ ああはなれない ああはなれない
スタッフからも「ああはなれないよなぁ」と聞こえて来る。
「だって クイーンと名人になるような人だもん」
「でもさー がんばってもなれねえレベルだろー あれは」
太一は母にこう教育されていた。
『だって』と『でも』は 男が使う言葉じゃありません
周防が菓子折りを一つ、太一に差し出して来る。親に土産に持って帰れと言う。何度も押し返す太一に、周防は諭す。
「君は 君も 持ってるものを 無視しすぎだ 大阪までなにも言わずに来る そのお金を自由に使わせてくれてるのはだれだ 緊張せず新幹線に乗れる男に育ててくれたのはだれだ 高校生の君に」
太一は周防に怒りをぶつけるように吐き出す。
「ただの プレッシャーかけてくるだけの親ですよ かるたやってるってわかったら またうるさい 大阪なんてバレたって またうるさい」
周防は静かに微笑み、太一の鞄に無理矢理菓子折りを入れ、「またね」と太一を見送る。
太一は一人新幹線に乗り、電話を見た。千早からメールが届いていた。
準決勝まで進んだよ。
自分がいなくても強いではないか。
君は 持ってるものを 無視しすぎだ
周防のその言葉が気に掛かり、母の携帯に電話をしてみる。夕食は要らないと告げた。電話から、聞き覚えのある音が伝わって来る。畳を叩いているような……果たして何処に居るのか。
「え? どこって…… あなたが朝早くに いつもとちがうカバン持って出て行くから 全国大会に行ったんじゃないかって 近江神宮にいるんじゃないかって 思ったんじゃないの…」
ロビーで通話している太一母に、大江母と千早母が試合を見るよう誘いに来る。うちの子出てないんで見ても仕方ない、と太一母が答えているのが、太一の耳にも届く。太一母が太一に言う。
「太一 あなたがいないせいで瑞沢負けたわよ いま 3位決定戦 ねえ 千早ちゃんが戦ってるのって あの子でしょ? あの 福井の メガネの子」
ちょうど京都駅に着き、新幹線の扉が開く。新を虐めていた自分、盗った眼鏡、地面に寝転ぶ三人――小学生時の記憶が脳裏を過る。太一は衝き動かされるように下車。
千早が素早く札を払う。新は序盤から5枚もリードを許していた。千早が一人一人に声を掛けるが、瑞沢メンバーが違和感を持って見る。これが千早? と新も見る。新が知っている千早とは別人のよう。表情に温度を感じられない。
「行くよ 瑞沢」
memo
藤岡東との三位決定戦、千早と新の対戦。ただ、かなちゃんと菫のモノローグ中の「この対戦の本当の意味」がいまいち分からん。二人の関係に変化が起きることの予告みたいなものか。小学生時の約束は、千早と新の「対戦」ではなく「再会」だからとっくに果たしている。そもそもかなちゃんも菫も、千早達の「約束」のことまでは聞いていないだろう。
「持ってるものを無視しすぎだ」での君=太一以外は、該当者がたくさんいそう。太一が自分がいなくても強いじゃんとか考えてるのを知らず、「あなたがいないせいで瑞沢負けたわよ」とさっくり否定するママン。出来るコという印象の強い太一だけれど、周防さんと比べるとやっぱりまだ幼いね。
登場した札は、見開きページでのド迫力ファーストショットで吹っ飛んだ「やえむぐら」札くらい。寂しい家に人は来ない、という意味。