千早はかつて太一がやっていた部員達の配列表の添削もするようになっていた。皆が休憩のため部室から出て行き、畳で大の字になる千早。吹奏楽部のトランペットが聴こえる。
『千早振る』は 高速回転する まっすぐな軸の独楽 なにが触れても弾き返される安定した世界
かつて大江に聞いた話だ。それは、新のイメージであり、音楽のイメージでもある。
夏と 部室と 畳のにおい
流れ込む風に太一の気配を感じて飛び起きるが、勿論居ない。畳の上に一人残った三度目の夏――
全国大会前日、会場にて団体戦抽選会。新の藤岡東も福井代表だ。千早と新は久しぶりに顔を合わせ、互いに頬を染める。新はチームメイトを紹介した後、「太一は?」と訊く。一瞬の沈黙の後、「辞めちゃっていないんだ」と静かに答える千早。
「でも 気配は感じるの 変かな」
穏やかな表情になり、最後に「へへっ」と笑う千早を、新は言葉もなく見ていた。千早は駒野に呼ばれて歩を進め、新と擦れ違いざまに言う。
「新 瑞沢は 勝ちに行くよ」
凛とした表情で目も合わすこともなかった。新は仲間に説明する。
「あれが 前年優勝校のキャプテンや」
背中を向けて歩いて行く千早に、太一の姿が重なった。
食料や飲み物、過ごし方など、全国大会用のマニュアルはばっちりだ。ただ、過去の教訓から試合で着用するのはTシャツ。大江は応援に訪れる母の手前、着物を持ち込んでおり悩んでいた。就寝のため布団に入り、千早は空に手を翳す。
「上昇気流のイメージ お母さんたちの応援で 実力は上がったりしないけど がんばれって気持ちは 温かい空気と同じように ”運気”を上げてくれる気がするよ」
瑞沢男子部屋では、西田が直球の質問。
「ねー 机くん 『全国大会終わったらつきあって』って かなちゃんに言わねーの」
藤岡東、北央、富士崎でも、浮かれた話が蔓延る中、大会当日。前年優勝校ということで、選手宣誓は瑞沢キャプテンの千早がやることになる。真っ青になって震える千早。
宣誓なんて 太一だ いちばん似合うのは太一だ 太一だ
想像したところで居ないものは居ない。千早は胸をどんと叩いて宣誓のため進み、毅然と手を空に伸ばす。
来い 来い この夏いちばんの 上昇気流
太一は周防のテレビ収録の付き合いで大阪に来ていた。「最強名人、速さの秘密に迫る」という企画内容に惹かれたのだ。専門家による音の認知から動き出しまでの研究、瞳の動きからの認知力の検証、反応時間の検証、運動能力の検査、バランスの解明、聴力の検査――
現場にて、太一は「撮影に協力してくれる凡人レベルの弟子」と間違えられる。周防は訂正。
「すみません 彼は 普通よりずっとずっと 強いですよ」
周防は故郷に8年も帰っておらず、テレビを通じて見て貰いたいのだ。太一は「帰ったらいいんじゃないっスか?」とあっさり言うが、周防には地雷だったらしい。
「だから嫌なんだ 都会の人間の発想とか価値観とか 持てる者の無邪気な『邪悪さ』が君にもちゃんとあることを自覚するといい」
企画に変更があり、周防は共演を頼まれる。現れたのは、若宮だった。
memo
全国大会のため近江神宮へ。新は太一と千早の両方が部を辞めたと思っていたんだよね。でも、その辺の突っ込みがない。そもそも、告白以降は名人戦の時に会ったのと、新から「かるた部つくったよ」報告メールぐらいで、千早はその返信や、メールの往復は全く行っていなさそう。それ以前も特にメールもしていなさそうだし、新も千早もお互いのことを当人達が考えている以上に知らないんじゃないのかな。新は千早が指の手術をしたことも結局聞いていないとみた。
千早の「瑞沢は勝ちに行くよ」は、第25巻第133首の高松宮杯で太一が「よろしく」と擦れ違いざまに言う場面と被る。選手宣誓がキャプテンの役目なら、たとえ太一が部に残っていても太一は部長だけどキャプテンではなかったのだから、結局やるのは千早だったのでは。
扉絵が可愛い。トランプをモチーフに、新がキング、詩暢がクイーン、千早はエース、太一はジョーカーというラインナップで、印のシャツやバッグを身に着けている。掻き回し役のジョーカーが意味深だ。