新と太一の三試合目。畳に並べた50枚に「ちは」はなかった。
転校先に千早がおらんかったら おれたちはどうなっとったやろう?
若宮が千早に、三番勝負ではなく五番勝負でのクイーン戦を持ち掛ける。初めての五番勝負にて、話題性のある「女子高生」クイーンという肩書きが欲しいと言う。若宮は祖母に言われたのだ。
世界で一人目のかるたのプロになんなさい 二人目以降の人間のために あんたがまずなんなさい
千早は答えに窮す。ひとまず、太一と新の試合に向かう。驚いたことに、16枚もの差がついている。「かぜをいたみ」が読まれ、新が「かさ」「かく」「かぜを」を太一の陣から綺麗に渡って取った。村尾と栗山は冷静。
新のすごさは 技術の高さや 才能や運のよさやない 努力で習得してきたもの―― 何度繰り返しても あらかじめ決めていたように取る力
太一が連取したところで、新の異変に気付く。太一は観客席にいる大江を呼び、新の袴を直して貰う。
新は考える。
もし転校先に千早がおらんかったら 太一は絶対 絶対話し掛けてくれて
しかし、小学生の新は首を横に振って断るのだ。
だって おれ かるたしかうまくできんし
新の着物が整い、試合再開。頭を上げた新の顔は鬼のよう。新は調子を崩すことなく、札を取る。太一は集中。
行かせない 暗記を 暗記をしっかり 反応するんだ 新より早く反応
窓の外から周防が見ている。
周防さんを長崎に帰すんだ 千早の夢の一番近くに行くんだ――
読まれた札は「ふくからに」。太一の右下段から新が取った。太一が口を開く。
「……悪かったな 邪魔して……」
18枚差で新の勝利が告げられる。拍手が起こる中、千早は厳しい表情。新が太一に語り掛ける。
「――おれが… おれがサッカーやってもよかったんや おれがもうすこし器用で 球技も得意やったら サッカーしとったんや 太一と」
新は小学生の太一にサッカーに誘われ、笑顔で「うん!」と返事をする自分を想像する。
「なのに 太一はかるたしてくれた ほかのなんでもおれよりできたのに やったことないこと… おれが得意なこと……」
観客席の皆も、千早も聞き入っている。駒野は太一が以前話した言葉を思い返す。
かるたの才能なんて おれだって持ってねえ きついけどやってんだ 負けるけどやってんだ
新が太一に抱き付いて、涙を流す。
「こんなに長くやって こんなに強くなるまで努力して どんな顔しておれが 太一のこと邪魔やって思えるんや…… か… かるたを一緒にしてくれて ありがとな」
駒野だけではなく、太一母、千早、周防も、それぞれが太一に掛けた言葉を思う。
『かるた部の子たちって 冴えないわね』
『かるた部 一緒に作ってよ太一』
『きみはかるたを好きじゃないのに』
新の言葉に、太一の目からも涙が溢れる。
札を さっき札を並べたとき 生まれて初めて札が愛しかった
太一も新の背中に手を回し、二人は抱き合って泣く。
友達を 先生を 懸けるべき青春を この時間を くれたかるたが愛しかった
memo
名人戦挑戦者は新に決定。太一と新の友情問題にもケリが付いた形。
二度繰り返される新の「千早がおらんかったら」。千早がいなければ、新は太一と何事もなく友情を育めていたと想像している。しかし、小学生太一は千早が新と関わる前から「虫食ってる」などと新を虐めていたし、新のためにかるたを始めたわけでもない。その後仲良くなったせいか、美化してしまっているようだ。
太一は自分が勝って、千早の近くに行きたかった。新を「行かせない」よう頑張ったものの及ばず、太一は新に「悪かったな、邪魔して」と謝った。名人への道は勿論、第197首でも独白していた通り、自分と同じく千早を好きな新を、太一も邪魔だと思っていたので、それも含めてのことだろう。
というわけで、男二人は揃って千早を諦める方向のように思える。太一は身を引こうとしている。新は視界から千早を消そうとしている。また、新の「かるたを一緒にしてくれてありがとな」は、第6首で福井に帰る小学生新が言ったのと一字一句同じだ。
男二人の友情を見て、千早が涙を流している。第153首でヒョロが言った「(千早は)強くて孤独なやつのそばにいてやろうとしてた」で小学生新を思い浮べていたが、それは太一が担っていたわけだ。その意味では、千早の役目は終わった。では、これまたヒョロが第93首で言った「真島はおまえ(千早)がそばにいないほうが強いと思う」についても、千早の考えと、ヒョロの補足が欲しい。
かるたしか出来ない自分を語る新を、かつて同じ台詞を吐いた詩暢が見ている。プロに誘うなら、千早よりも新の方が最適だ。男二人の友情っぷりを見て、思うこともあるだろう。
読まれた札は「ゆうされば(あしのまろやに~)」「かぜをいたみ」「つきみれば」「たちわかれ」「ありまやま」「ふくからに」。最後の一枚が読まれる前に太一のコマで乱舞しているのは、「あらしふく」「こぬひとを」「ふくからに」「おとにきく」「みちのくの」「かくとだに」。
札が愛しかった、のコマで太一の右手の指先にあるのは、桜散るの「ひさかたの」。第7首からの高校生編にて、かるた部勧誘ポスターに「ちは」と共に登場した札である。当時は取り上げられた意味が不明だったが、ここに繋いできた。他に畳に並んでいるのは「あらしふく」、右の掌の下は多分「かくとだに」。
畳に「ちは」は無かったが、「ふ」を今度は新が取っている。痛み分け、か。紅葉の歌の「あらしふく」が、二度も描かれている。