千早は得意札の「しの」も「す」も敵陣からは取れなかった。千早がふと太一を見る。太一が千早に向かって厳しい表情で「す」札を掲げた。
牧野さんの読み 私も苦手だ でも太一が取れてるならいい いい
千早は冷静になる。
調子がよくて120パーセントが出てた 焦らなくていい 100パーセントでいい 半音でいい
新は流れが悪い。太一が新の陣にある「ちは」を見たのに気を取られ、「す」を取り逃した。但し、今のは「太一が取る番」。「な」が五枚ある場面で、新が「なにわえの」をきっちり聴いて払った。原田や坪口は、お手付きしなかった太一に目を見張る。
互いに自陣の取りが続いている。新が札を移動し、「わすれ」と「わすら」を左右に分けた。次に読まれたのは「わすら」で、太一は敵陣の「わすら」を囲っていたのに、新が速さを見せつけて取って行った。
突き抜けた 自陣への超加速
新のかるたに、太一が溺れそうになりつつ、新を見ている。原田は新について考える。
手強いぞ 本当に 自分の武器が すでに一番と知っている
千早母が、窓の外にいる太一母に気付き、外に出る。窓越しに試合を見守りながら、千早母が語る。
「千早のがんばりを見てると思い出すんです 一番最初に変わったなあって思った瞬間…」
母が思い浮かべているのは、千早が小六の時、姉の写真を撮るのを断り、「お姉ちゃん、ごめん。あたし、やりたいことがある」と言った姿。
太一母は「見ているつもりでも分からない」と零す。大江母が話に加わった。和泉式部の歌を口にする。
「とどめおきて だれをあわれと思うらん 子はなさるらん 子はまさりけり」
娘の小式部内侍を亡くした時に詠んだ歌で、娘は自分よりも親よりも残された我が子を不憫に思っているだろう、和泉式部自身も同じだ、という意味である。
「親子の情など一方通行でいいんですね おかげでわからないことばかりですけど」
千早は札を移動。「さ」と「せ」をS音で取れるよう揃えた。「さ」を取り、「せ」が残る。千早は攻め込む姿勢。
太一の目が言ってた おまえがS音取られてんじゃねぇよ
一方の太一。
ああすごい 新の集中が本物だ おぼれる 苦しい ああ だから おれには
太一母は、周防の言った「核」について考える。
図星だった 愚かね 私…… 太一のがんばりさえ認めてこなかったくせに――
原田は見守る。
ずっと見てきた 3人で始めた物語だ たくさんの人を巻き込んで だれにも譲らずここまで来た 目をそらさず見届けよう 今日が終われば 3人が 2人と1人になる
memo
第二戦目がまだ続いている。千早が「す」を掲げる太一を見る場面は、二ページに渡る見開きで、曼殊沙華が描かれている。第26巻表紙の太一と曼殊沙華という組み合わせを思い起こさせる演出だ。その帯広告は「あなた一人を想ってきた――。」であった。また、曼殊沙華の花言葉は幾つかあるが、「情熱」もその一つ。
千早は盛り返しつつある。新が印象的な取り方をしているせいで、太一は劣勢のように思えるが、何気無いコマでは太一が取っているようにも見える。いつぞやの千早のように、水が流れるような新のかるたに、溺れそうになっている太一だが、独白の「おれには」で核を思い、浮上するのだろうか。
読まれた札は「すみのえの」「なにわえの」「わすらるる」「わたのはら・や」「あきのたの」「あらざらん」「さびしさに」「あまのはら」。