髪を切って現れた太一を見て、驚愕する面々。驚きつつ右手を上げている新は、太一に訝しがられる。
「たい…太一に会ったら 今度こそハイタッチやって思っとったから… 3人で勝ってきて ここに来れたからや」
千早は小学生の自分達が最後に出た大会、そして太一が高三で、新が高一の頃、それぞれかるたから離れた時のことを思い浮かべ、彼等の袴の袖を掴んで涙を零す。
太一だ 太一だ 太一 新 太一 新
名人・クイーン戦挑戦者決定戦第1回戦の開始が告げられる。千早が原田先生達の前に立って手を広げ、会場の空気を呑み込む。
「へへっ 先生のマネ いつかしてみたかったの がんばってきます」
嬉しそうな原田。
白波会の悲願 いつかうちから名人を クイーンを
新は札を混ぜながら、太一を眺めている。
ほんま 小学生のころの太一みたいや うわぁーうわぁー 知ってたけどこんな瞳大きかったか ドキドキする
太一がいきなり立ち上がり、新の横を越えて窓際へ行く。外に周防がいたからだ。
「周防さん おれ 勝ちますから もし もしおれが勝ったら おれの言うこと ひとつ聞いてください ひとつだけ 必ず勝つから」
呆然とする新。
そういえば 太一 周防さんとテレビにも出て――… 弟子?
新の心に影が落ちる。
おれは太一と戦う日を楽しみにしてた 楽しみにしてた 子供のころからかるたに打ちこんだおれたちの集大成となる試合 ――そこで思いきりいい勝負をして 自分が勝つ それ以外の結果はない 太一には負けない
思いもしなかった 太一にとって 自分が 通過点でしかない可能性
そして 自分だって 太一を 通過点として見てること
大一番を前に何を、と原田は少し苛々しつつ、そう思わせられることが太一の作戦と考える。坪口は以前から、新は名人みたいなタイプに弱いと見ていた。
邪念に対する耐性がない
原田達が配置を確認。クイーン位戦は「ちは」が無い。名人位戦は守りがるたに有利。
序歌が始まる中、太一は考えていた。
若宮詩暢でさえ勝てない新にどうやったら勝てるだろう 答えは千早が持ってた
最初の札は「おおえやま」。千早と太一が取る。太一は札を手に子供のような笑顔。
「やったっ 新から1枚!」
新は高松宮杯の時のように、スピードを殺されて渡り手を封じられたのだった。その試合は四枚差で新が勝ったが……
「へへっ 新 おれ 今日は勝つよ 目標 4枚差!」
普段とは違う太一を、戸惑ったようにみている西田、駒野、ヒョロ。新は唖然としていたが、口元を締める。
観客席から宮内先生が身振り手振り。千早が気付いて、小声で太一に襷を渡す。襷を付け終わって互いを見る二人に、新の表情が凍り付く。そんな一連の行動を、原田は腕組みして観察。
こんな揺さぶり方があるのか まつげ君 おそろしい おそろしい メガネ君は「相手の邪念」ははらいのけられるが 「自分の邪念」に耐性がない
息を整える太一、千早。
千早が持ってた答えは 自分のためじゃなく 誰かのために勝とうとすること 目標を遠く持って かるたを楽しむこと
次に読まれたのは「あしびきの」。やった! と喜びながら、札を拾いに走る太一。
自分のかるたに集中すること 素直に無邪気に その毒性に無自覚に
周防が入室。最前列に強引に潜り込んで来る。
ふうん やるじゃないか 真島くん 人のことダシにして 綿谷くん 揺さぶるとか…… ふふ…テンション上がる…
千早が「つくばねの」を飛ばす。意識しているのは周防の言葉。
一字決まりは28枚 28枚 28枚
凄い勢いで札を取り続ける千早を見て、自分は「おおえ」を一字で取りに行かないのに、と周防が関心を寄せ始めた。
若宮は京都の自宅に居たが、結川の応援に行っていないことを祖母から咎められて思い直し、現在新幹線の中――
memo
東西戦開始。太一が小学生時代の自分になり切っている。昔を知らない者には、気が触れたかと疑いたくなるような、突然のキャラ変。新は高校選手権個人戦二連覇だし、五段という段位でも格上なのは事実だが、太一をナチュラルに格下扱いしていたことに気付いた様子。しかし、太一は強敵揃いの東日本代表にまでなったわけで、東日本代表=強い、太一=強い、という図式が抜け落ちているように思える。新は太一と戦えることだけで満足していないか。
読まれたのは「おおえやま」「あしびきの」「つくばねの」。