千早がやっと乗って来た。須藤は千早の取り方が気になった。
いまの速さ―― 「う」でもう払ってる 「うら」がまだ読まれてないのに お手つき覚悟で狙ったのか? まさか
原田先生は読手一人でもう五試合目だと知る。
こんなに声を出す千早ちゃん 見たことがない 今日一日でどれだけのものが蓄積されただろう あの読手のクセも もうきみの耳は捕えるだろう?
千早が連取。仲間達が頷き合っている。
みんなの空気が軽くなるのがわかる 私の一枚は ただの一枚じゃない
千早の復調が須藤のミスを呼ぶが、須藤は立ち上がって一息入れる。
見下ろすって落ち着くなあ… よし
六字決まりの大山札が読まれ、須藤が囲み手で押さえる。千早は須藤に見入る。
相手陣に攻め込んでの囲み手 新も得意だった 新の手もこんなふうに大きくなったかなぁ……
須藤が上段にあった「ちは」札を、自身の側に移動させた。千早は考えるのを止めた。
あれは私の特別な札だから どこにあっても手が伸びるよ
千早は新の姿を思い浮かべた。
磁石みたいに
千早と須藤の戦いは、13枚セイムとなった。西田が相手エースを追い上げる千早に感心していると、対戦相手の甘糟に「肉まんくん」と呼ばれた。
「すごいねー あだ名が肉まんくんて 翠北かるた会の西田くんでしょ? かるたやめたと思ってたよ 大会とか出ないから あんな強かったのにねー」
煽りながら、自身が札を取る甘糟。昔の西田は期待されていたのに、今は初心者だった甘糟がA級選手。
おれ なにしてたんだろう 中学ではできもしないのにテニス部 かるたの練習時間はだんだん減って 師匠にももうずいぶん会ってない どうして……? どうして おれは……
駒野が取りで相手ともめているのが視界に入る。セイムらしいが、諦めが悪い。
ああ そうだ あきらめたんだ
全国大会小学5年、6年でいずれも、優勝は新、準優勝は西田という結果に、自分のことを諦めてしまったのだった。しかし、西田は身体全体を使い、畳に転がりながら札を必死で取りに行く。
あきらめない おれだけの試合じゃない ああ 師匠 もっと練習してればよかったよ 勝ちたいよ 勝ちたいよ
memo
対戦相手の須藤に調子を狂わされていた千早が戻して来る。ドS須藤が追い込まれる様子が楽しい。肉まんくんと甘糟の因縁対決も熱い。登場した札は「うかりける」「おおえやま」「あしびきの」「わたのはら・こ」「わすらるる」「しらつゆに」「みかきもり」「あわじしま」「よをこめて」。
第3巻終了。表紙に描かれている花はナンテン? ならば花言葉は「私の愛は増すばかり」「良い家庭」だが。袖に登場する歌は、第14首より「せをはやみ」。巻末四コマ漫画は、肉まんTシャツ、男子ここだけの話。