注目選手の立川が破れ、心無い人達が噂する。
「若宮詩暢の再来かと言われてたけど あれほどの才能じゃないねえ」
千早は昔、新に言ってもらったことを思い出していた。
梨理華ちゃんだって きっと最初はだれかに言ってもらったんだ ”才能がある” 宝物にしてきたんだ 簡単に触れないで
太一は仲間から離れ、新にメールを打ち始めた。
千早一回戦突破。新もがんばれよ。
画面を見て思う。
がんばれじゃねえ がんばれじゃねえよ
突然、サングラス姿の男が和菓子を差し出しつつ、太一に話し掛けて来た。
「きみは A級の人?」
太一が応援で来ていると答えると、「じゃああげない」と和菓子を引っ込め、去って行った。見れば、手当たり次第同じことを訊き、該当者にだけ和菓子を与えている。原田先生にも和菓子を差し出し掛けた。
「私はけっこう 試合まえに固形物食べて眠くなったら困るので 周防くん」
彼こそが現名人の周防久志だった。周防は名人戦だけで、一般の大会には出て来ない。
「すみません 強い人としか戦いたくないんです……」
周防の声は常に小さく、聴き取れたのは言われた原田、傍にいた太一、そして千早だけ。原田は立腹。周防は大学でかるたを始めて僅か3年で名人になり三連覇。
「悔しいじゃないか 今年こそ 私が挑戦者になる!」
太一は原田の言葉を思い返す。
武器がいるんだ 天才に潰されないために
千早が原田に二回戦の相手を報告しているが、原田はあっさりしたものだ。
「山本由美さん? ほんとに? 千早ちゃん 運ないなー! じゃあねー」
太一はメールをまた打ちながら考えていた。
おれたちの武器は 原田先生がいてくれることだ がんばれと言わず がんばってくれてることだ
西日本大会一回戦は、新は突破したが、兄弟子の村尾が敗退。彼は二年前に名人に挑戦した実力者である。最近は練習もしておらず、諦めたようだ。村尾が立ち去り、残された新の元に太一からのメールが届いた。
千早一回戦突破。おれも必ず東日本代表を目指すから 新は西日本代表になれ
千早の二回戦の相手、前クイーンの山本由美は憂鬱そうに座っている。
綾瀬千早さん…… うわさどおりきれいな子…… 名前も顔も平々凡々な私とは大ちがい…… イヤになる なんなの そんなキラキラした目して…… やりにくい…… ああ もう なんで私…… また予選になんて出てるんだろう……
memo
周防が来場。太一との対面は、非常に印象的な見開きページになっている。一回戦勝利後の千早の背景に描かれた札は「ちはやぶる」「ちぎりきな」「わがいおは」「つくばねの」「ゆうされば」「わたのはら・や」。