最後の札を取っていたのは太一だった――観客の話に、新は蒼白。自身が太一に昔「卑怯なやつやの」と言ったのに。
さっきの一枚をやり直したい やり直したい 太一 太一 どうしたらいい 太一――
太一は西田と駒野に労われる。周防が鯛焼きを差し出して来た。
「めずらしくきみが楽しそうでびっくりした」
その言葉に反応する太一。しかし、何故審判を仰がなかったのかと問われ、目を伏せる。
「でも ああなったら 周防さんだって引くでしょ? 執着したら今日は勝てない…」
若宮が到着し、結川に藤岡屋で貰った品を渡そうとするが断られる。結川は若宮の表情が少し陰ったのに気付き、やはり受け取ることにした。中身は暑がりな結川向きの、競技かるた向きの半襟Tシャツ。
小石川が結川のために甘酒を買って来て、千早達にも分けてくれた。皆で飲みながら、千早が零す。
「太一と新にもあげたいなぁ 緊張感ばっかり伝わってきた あげたいな あったかいな」
その表情に見入る瑞沢部員達。
周防は帰ろうとしているところで、原田に呼び止められる。
「なんだかんだ言っても けっきょく綿谷くんが勝つと思うんで そんなの見ててもテンション上がらないんで 帰ります あ でも 綾瀬さんの取りは 見ててテンション上がりました どうぞよろしく」
太一は弟子ではない、とも言う周防を見送る原田と坪口。
新は由宇からの弁当も食べず、二試合目に向かう。新が俯いていると、冷たい風が部屋に入って来た。外は雪。千早達と結川が示し合わせて、部屋の窓を開け放ったのだった。
「太一 新 やばい 寒い 寒いっ」
楽しそうな女子達のお陰で、文字通り部屋の空気が変わった。表情が緩んだ新を見て、太一は不機嫌になる。
やめろよ 千早 雪なんて思いだしたくねーんだよ 邪魔なんだよ
札を混ぜた後、太一が「ちは」札を手にするのを見る新。周防に聞いて欲しい願いごととは何か、と新は太一に訊ねる。
「…周防さんは もう8年も長崎の実家に帰ってない 帰りたそうにしてるのに なぜか帰ろうとしない 嫌がらせだよ 勝って 周防さんを長崎に帰す」
新が太一に言う。
「……1試合目の最後の札さ あれ 太一の取りやったかもしれん 無理筋主張して悪かった 謝ってもしょうがないから 暗記してから最初の5枚くらい おれ メガネはずして取るのはどうやろう?」
ふざけんな、と怒る太一だが、新は大真面目。ではどうしたらいいのか、と聞く新に、太一も頭を抱えつつ提案する。
「……じ じゃあ もし運命戦になったら おれに譲れよ」
「うん」
そんな二人が小学生の姿に、千早の目には映った。
新は以前、祖父のライバルだった佐藤九段のような存在が新にもいればいいな、と吉岡先生に言われた。祖父は佐藤九段とはいつも口論していた。
かるたを取ってるとわかる 太一はおれのこときらいや おれも……ええんや きらいやと思うてええんや 邪魔やと思うてええんや
新は太一に束で勝つと宣言。畳に視線を落とす二人。
ぶっ潰してやる
memo
勝利したものの、後味が悪い新。気になるのが、由宇の弁当。当日始発で現地入りする会員に託したとして、受験生なのに超早起きして弁当を作り、でも新はその意味も何も感じてなさそうで。試合が終わってから、考えることになるのだろうけれど。