吉野会大会A級決勝、綾瀬千早対真島太一。同級生、しかも同会同士の対決が、A級で行われるのは珍しい。福井から来た新は帰らなくてはならない時刻だが、千早の顔を見て気が変わる。
「見てく 見んとダメな気がする」
村尾も残ることになった。太一に負けたから、という理由に、新の心が決まる。
「その着物で 今日は全部勝つんやろ? 見ていく」
大江母が太一の着物を直す。
「着物に慣れてくるとね 肩甲骨の位置が変わってくるの うしろに向かってストンと肩が落ちている感じ…… 身体がゆるむのよ」
優しい語り口に、太一は聞き入る。
「帯には何本か横に線が入ってるの 『たれ』の部分の二本線は”界切り線” 最初の織り出しの界切り線は『お参りのときの拍手』 霞線は『鳥居』 柄部分は『参道と本道』 最後の『て先』の線は『一礼』」
太一は近江神宮で皆と参拝した時のことを思い浮かべた。
「帯を締めると すがすがしい気持ちになるでしょう 支えてくれますよ」
花野は緊張した面持ちで試合の開始を待つ。
綾瀬先輩と真島先輩の試合なんて何度も見てる あの部室で毎日 あたりまえの練習風景…… なのに……
太一が花野の横を通り、席に向かう。既に座っている千早は反応を示さず、静かに待っている。
どうして 初めて見るような気持ちに
西田は心配している。
綾瀬有利だ まえの試合 不戦勝で休めたのはでかい 真島は疲れのピークだ
駒野はノートを見ながら分析。
僕のこの一年半のデータでは 綾瀬の勝率が七割五分 右手をケガする前だったら八割を超える 綾瀬有利 でも―― 綾瀬のケガが治ってからは 綾瀬六割 真島四割の勝率 力の伸びは真島のほうがでかい
千早は太一の配置に驚く。上段が14枚、いつもは右下段にある一字決まりが左上段に、同音札を固めない太一が「な」札が右下段に。いつもと違う配列。セオリーさえ崩して来た。いつも一緒に練習しているからこその、相手を殺す行為。
苦しくなるように 苦しくなるように 苦しくなるように 私のことだけを考えて組まれた札…… 吹いてくる 『勝つんだ 千早に』
最初の札は千早が速さで取ったが、太一も連取。
並んだ「ちぎりお」「ちぎりき」が右中段にある 千早は絶対狙ってくる そのへんを狙ってるうちは 「な」札「わ」札や上段の札は狙って来ない S音もY音も分けた お手つき怖いだろ?
千早が、聞き分けの難しい「お」の札で速い取りを見せた。太一も驚いている。
わかる気がするの もうすこしで なにかヒントをもらった……! 太一の配置はやりにくいけど 私は 私のかるたを
宮内先生が突然「襷……っ」と叫ぶ。二人ともハッとして、襷を付けながら小声で言い争い。
「なんで忘れてんだよ 千早」
「太一がつけてれば 私も思い出すよ」
「おれのせいかよ」
襷を付け終え、二人で「よし!」と言い、息を切らしながらも微笑み合う。
吉野大会A級決勝戦 そこの席に二人でいる 二人で
二人で、一年生の春、部室に畳を運び入れたことを想う。
日が暮れた でもだれも帰らない 出し切るんだ 自分のかるたを
memo
吉野会大会決勝は、千早と太一の戦い。第18巻第94首の富士崎合宿帰りで太一が宣言した「この秋は右手のおまえに公式戦で勝つ」の舞台が、本当にこうして整うとは。そりゃ太一も紅葉飛ばし捲りになるわ。襷を付ける時の言い争いが可愛くて楽しい。読まれたのは「ふくからに」「なつのよは」「めぐりあいて」「おとにきく」「こころにも」「しらつゆに」。
第19巻終了。裏表紙で紹介されている「こころあてに」は、前巻に続いて作中に登場しない。花は何だろう、蓮の花か牡丹か? 巻末四コマ漫画は、小説第二巻は福井、密かに人気の村尾、関連書籍の宣伝と西田姉とヒョロ。